研究紹介 / Research

香取研究室では、 生体の脳が持つ高度で柔軟な情報処理の仕組みを取り入れた新しい情報処理機構・人工知能の開発に取り組んでいます。 数理科学とコンピュータを道具として用いて、 脳で見出される神経ダイナミクスや非線形ダイナミクスを活用する新しい情報処理機構を研究しています。

当研究室の研究の全体像を「計算理論」「表現とアルゴリズム」「ハードウェア実装」の3つのレベル(Marr 1982)に分けて整理します(下図)。 「計算理論」のレベルでは計算の目的を研究し、「表現とアルゴリズム」のレベルでは計算の方法を研究し、「ハードウェア実装」のレベルでは計算の物理的な実現方法を研究します。 3つのレベルはそれぞれ個別の研究対象にもなりますが、3つのレベルを統合することで情報処理を深く理解・研究することができます。

当研究室の研究対象を3つのレベルで整理すると下図のようになります。 計算の目的を問う「計算理論」のレベルでは、音声や画像の処理、ロボット制御などの機能が研究対象になります。 計算の方法を問う「表現とアルゴリズム」のレベルでは、非線形ダイナミクスを中心に、様々な数理手法が対象になります。計算の物理的な実現方法を問う「ハードウェア実装」のレベルでは、生物の神経システムや電子回路など図に示すように様々な対象があります。

当研究室では非線形ダイナミクスが重要な表現手段になります。非線形ダイナミクスは時間的に変化するさまざまな対象を記述・表現するための共通言語になります。対象とするシステムを非線形ダイナミクスの枠組みで数理モデル化し、それを解析することで対象のシステムを深く理解し、その知見を対象にフィードバックすることができます。また計算の目的(機能・応用)の実現のために必要な条件を明確にし、その知見をもとにより目的にかなう計算機構を生み出すことができます。非線形ダイナミクスを中心とする「表現とアルゴリズム」によって、「計算理論」と「ハードウェア実装」を橋渡しすることになります。香取研究室では、「計算理論」と「ハードウェア実装」にかかわる各分野の専門家と連携して研究を推進しています。


リザバーコンピューティングとは?

香取研究室では、リザバーコンピューティング(リザパー計算)が重要な研究の基盤になっています。リザパー計算は、多数の非線形素子が結合したシステム(リザバー)おいて生じる過渡的な振動現象を使って情報処理を行う仕組みです。基本的なリザバーとしては、非線形素子が結合したネットワークを取り扱います(下図)。外部から入力信号を受けると、それに応じた振動パターンがリザバーの内部に生じます。この振動パターンをうまく読み出すと、そこからタスクに応じて必要な時系列を生成することが可能です。この枠組みで特に注目する点はその計算学習にかかるコストの小ささです。また時系列の生成・予測、パターン認識、さらにロボットの制御など様々に応用することが可能です。さらに興味深いのは、このリザバー計算が様々な物理系で実装可能であるという点です。電子回路、流体、生体、材料、生物などのダイナミクスをリザバー計算に使うことができます。


超立方体上の疑似ビリヤード系ダイナミクスに基づく情報処理

レザバー計算を、 超立方体の内部で非線形素子が起こす複雑な反射運動(疑似ビリヤード系ダイナミクス)を用いて実現するという新しいアイデアを提案しています。 この機構は、離散性と連続性をあわせもつユニット(ニューロン)を基盤とし、デジタルとアナログの両方の良い特性を組み合わせたハイブリッド情報処理機構であり、効率的にハードウェアに実装することが可能です。この機構をアナログ回路に実装する場合、ニューロンの内部状態は局所的にアナログ物理量(電圧値)として実装され、ニューロン間の信号伝達は、非同期デジタルの信号によって行われることになり、必要な回路資源と電力の大幅な削減につながります。エッジコンピューティングなどの用途にも向いています。この計算機構は、離散確率分布モデルのボルツマンマシンと、時空間ダイナミクスのモデルのリザバー計算の両方を単一のアーキテクチャで実現することが可能で、様々な応用があります。本研究の成果は、非線形ダイナミクスの応用という観点から注目されるとともに、 脳型人工知能の基盤技術となることが期待されています。


培養神経ネットワーク上でリザバー計算を実現

人工知能・機械学習は、生物の脳の働きを模倣することにより発展してきました。しかし、神経細胞の集まりである脳における高度で柔軟な情報処理の詳細なメカニズムは、未だに解明されていません。本研究では、生物の神経細胞を活用し、人工的に小さな脳を構築することで、そのメカニズムの解明に挑戦しています。培養された神経細胞ネットワークの多細胞応答を光遺伝学と蛍光カルシウムイメージングを用いて記録し、リザバーコンピューティングの枠組みでその計算能力を解析しました。実験の結果、「人工培養脳」は数百ミリ秒程度の短期記憶を持ち、これを活用して時系列データの分類が可能であること、汎化能力を持つことが示されました。この研究結果は、生体の神経ネットワークの情報処理メカニズムの理解を進展させるだけでなく、「人工培養脳」に基づく新しい情報処理機構の実現可能性を広げるものです。

参考文献 プレスリリース


研究発表ポスター

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