研究紹介 / Research
香取研究室では、生体の脳が持つ柔軟な情報処理機構を手がかりに、新しい人工知能の計算原理を探究しています。 数理科学とコンピュータを基盤とし、神経ダイナミクスおよび非線形ダイナミクスを活用した情報処理モデルの理論研究と実装を行っています。
本研究室では、計算理論(目的)・表現とアルゴリズム(方法)・実装(物理的基盤)の3つのレベル を統合的に扱い、それらの間を往復しながら研究を進めています(下図)。
リザバーコンピューティングとは?
多数の非線形素子のダイナミクスを計算資源として利用する情報処理枠組みです。
リザバーコンピューティングは、多数の非線形素子が結合したシステム(リザバー)の過渡応答を利用して情報処理を行う枠組みです。 入力信号に応じて内部に生じる時空間パターンを読み出すことで、時系列生成・予測、分類、制御などのタスクを実現します。
このアプローチの特長は、次の点にあります。
- 学習コストが比較的小さい
- 時系列処理との相性がよい
- さまざまな物理系(電子回路・流体・生体・材料など)で実装可能
非線形ダイナミクスを計算資源として活用するという視点は、本研究室の理論的基盤の一つです。
予測符号化とリザバー計算を統合した多感覚統合モデル
予測誤差に基づく階層的情報処理と再帰型ダイナミクスを統合するモデルです。
騒音環境でも音声を安定して認識できる脳の仕組みを手がかりに、予測符号化理論とリザバーコンピューティングを統合した多感覚統合モデルを提案しました。 本モデルは、聴覚情報と視覚情報(口元映像)を状況に応じて重みづけし、ノイズ条件の変化に適応的に対応できます。
階層的な予測誤差フィードバック機構に、再帰型ネットワークの時間保持能力を組み合わせることで、時系列処理に強い構成を実現しています。 さらに、予測誤差の移動平均に基づいてノイズ強度を推定し、フィードバック強度を動的に調整する適応機構を導入しました。
数字音声(0〜9)と話者口元映像を用いた評価では、聴覚単独モデルに比べ、視覚情報を統合したモデルが高ノイズ条件でも高い認識精度を維持しました。 特に、ノイズが強いほど統合の効果が大きくなる「逆効果性(inverse effectiveness)」を再現し、理論的妥当性と応用可能性の両面を示しました。
超立方体上の疑似ビリヤード系ダイナミクスに基づく情報処理
連続ダイナミクスと離散構造を統合した新しい計算アーキテクチャです。
リザバーコンピューティングを、超立方体内部で生じる複雑な反射運動(疑似ビリヤード系ダイナミクス)として実現する新しいアーキテクチャを提案しています。
この機構は、離散性と連続性を併せ持つユニット(ニューロン)を基盤とする、デジタル・アナログ混在のハイブリッド情報処理機構です。 アナログ回路実装では、内部状態を局所的なアナログ量(電圧)として保持し、ユニット間通信は非同期デジタル信号で行うため、回路資源と消費電力の削減が期待できます。
本機構は、離散確率分布モデル(ボルツマンマシン)と時空間ダイナミクス型のリザバー計算を、単一アーキテクチャで扱える可能性を持ちます。 エッジコンピューティングを含む幅広い応用が期待され、脳型人工知能の基盤技術として注目されています。
- Reservoir Computing Based on Dynamics of Pseudo-Billiard System in Hypercube, (International Joint Conference on Neural Network: IJCNN2019).
培養神経ネットワーク上でリザバー計算を実現
生体神経ネットワークの計算能力を実験的に解析する研究です。
培養神経細胞を用いて人工的な小規模神経ネットワークを構築し、その情報処理能力をリザバー計算の枠組みで解析しました。 本テーマは、東北大学との共同研究として進めています。
光遺伝学および蛍光カルシウムイメージングにより多細胞応答を記録し、数百ミリ秒程度の短期記憶と時系列分類能力を確認しました。 さらに一定の汎化能力も示され、生体神経ネットワークが持つ計算原理の解明に寄与する成果となりました。
本研究は、生体に基づく新しい情報処理機構の可能性を示すものです。
- Biological neurons act as generalization filters in reservoir computing,(The Proceedings of the National Academy of Sciences:PNAS 2023)
- プレスリリース
研究姿勢
知能は、静的な計算規則ではなく、時間とともに展開するダイナミクスの中に立ち現れる現象であると捉えています。