人工培養脳でリザバーコンピューティングを実現
ラットの大脳皮質神経細胞で構成した「人工培養脳」の計算能力を、リザバー計算の枠組みを用いて解析する一連の実験を成功させました。2023年6月12日に米国科学アカデミー紀要 PNASのオンライン版で公開された本研究は、香取勇一教授と東北大学電気通信研究所の住拓磨氏(大学院医工学研究科大学院生)、山本英明准教授、平野愛弓教授(材料科学高等研究所兼担)らの研究チームによる成果です。
【概要】 機械学習やAIは、生物の脳の働きを数学的に模倣することにより発展してきました。しかし、神経細胞が集まりである脳で高度な情報処理が実現される詳細なメカニズムは、いまだ完全に理解されていません。
本実験では、培養された神経細胞ネットワークの多細胞応答を光遺伝学と蛍光カルシウムイメージングを用いて記録し、リザバーコンピューティングを使用してその計算能力を解析しました。実験の結果、「人工培養脳」は数百ミリ秒程度の短期記憶を持ち、これを利用して時系列データの分類が可能であることが示されました。
さらに興味深いことに、一つのデータセットで訓練されたネットワークには、同じカテゴリーの別のデータセットを分類することができたため、「人工培養脳」がリザバーコンピューティングの性能を向上させるための汎化フィルターとして機能することが明らかになりました。この研究結果は、生きた細胞が作る神経ネットワーク内部の情報処理に関するメカニズム理解を進展させるとともに、「人工培養脳」に基づく物理的なリザバー計算機の実現可能性を広げます。
図1. 人工培養脳を使用したリザバー計算機。人間の発話音声(数字の0を英語で発音した“zero”)が入力されると、人工培養脳は入力を多細胞応答に変換する。その信号を、線形分類器で読み出すことで、時系列信号の分類が達成される。図中の人工培養脳は4つの四角形とそれらを結ぶ細い線内に成長するように設計され、モジュール性を持たせている。本実験では、人工培養脳がこのようなモジュール性を有することで、分類性能が改善されることを明らかにした。
【参考文献】 “Biological neurons act as generalization filters in reservoir computing,” Takuma Sumi , Hideaki Yamamoto , Yuichi Katori, Koki Ito , Satoshi Moriya, Tomohiro Konno , Shigeo Sato, and Ayumi Hirano-Iwata, PNAS 2023 Vol. 120 No. 25 e2217008120, (2023) https://doi.org/10.1073/pnas.2217008120
【謝辞】 本研究の一部は、科研費・学術変革領域研究(B)「脳神経マルチセルラバイオコンピューティング(略称:多細胞バイオ計算)」(JP21H05163, JP21H05164)、科研費(JP18H03325, JP19H00846, JP20H02194, JP20K20550, JP21J21766, JP22H03657, JP22K19821, JP22KK0177)、JSTさきがけ(JPMJPR18MB)、JST-CREST(JPMJCR19K3)、東北大学電気通信研究所共同プロジェクト研究の助成の下で行われました。