自然現象を計算資源にする「環境計算」を提唱し実証

概要

自然界には量子効果が顕著になるミクロスケールから、細胞の活動、人間の活動、そして気象・天体のようなマクロスケールに至るまで、多様な現象があります。通常、計算を行うためにはコンピュータのような精密な設計が求められますが、これらの現象から自然発生した動き(ダイナミクス)を計算に活用できる可能性があります。センサーが豊富に設置された社会では、こうしたダイナミクスを簡単に収集することが可能になりました。 公立はこだて未来大学の香取勇一教授と東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)の安東弘泰教授の研究チームは、自然界の複雑なダイナミクスを計算資源として活用する「環境計算(コンピューテーション・ハーベスティング)」の概念を発表しました。この研究は、ニューラルネットワークの一種であるリザバーコンピューティングと呼ばれる機械学習の枠組みを応用し、非線形相互作用によって生じる自然現象の動きを解析し、センサー情報処理に活用する方法論を提案しています。 本研究では植物の動画を撮影し、そこから風速と風向を推定する方法論を提示し、実験を通じてその有効性を示しました。この手法は低コストで、気象観測、農業、都市計画、災害対策など、多くの分野での応用が期待されます。自然界に存在する動きを計算リソースとして活用することで、より効率的かつ正確な情報処理が可能になると考えられます。 本研究成果は、2023年12月14日現地時間にPLOS ONEのオンライン版で公開されました。

発表のポイント

  • 人工知能の計算資源として実現象を利用する「環境計算」の概念を、リザバーコンピューティング(注1)の枠組みに基づいて提唱しました。
  • 植物の動きの映像から特徴点を抽出して、その揺らぎを利用して植物にあたる風の向きと風速の分類を実証しました。
  • 植物の物理リザバーとしての汎化性能や欠損に対する耐性のロバスト性について検証しカメラ映像を用いた風速計測の応用可能性を示しました。
  • 既設のセンサーや監視カメラを活用することで、インフラコストをかけずに実現可能なソフト風速計技術につながると期待されます。
図1. 環境計算の概念図。植物のゆらぎや雲の移動などの自然物や交通流のような人工物まで実世界の中のさまざまな動きのパターンを抽出する。その際、既存の計算機のように計算システムを設計することなく、実世界にある複数のパターンをそのまま計算プロセスとして活用して予測計算を実現する。実世界の動きのパターンには、予測対象との相関があるため係数をかけた足し算を行うだけで計算可能となる場合がある。高速道路上の車の動きのパターンを利用して、渋滞発生予測を行うことも可能である。

研究の背景

生成AIを含む最近の人工知能技術の進展には、その学習のための大量のデータとそれを処理する大規模な計算機資源が必要です。これらのデータは、インターネットで収集されるものから、もののインターネット(Internet of Things:IoT)とよばれる実世界のセンサーから収集されるものも含みます。一方で、IoTセンサーで取得されるデータは、現状では必ずしも全てが活用されているわけではありません。またAI学習のために使用するコンピュータに大量の電力を使うという課題があります。 これに対して、物理現象を活用した計算原理は自然計算という枠組みとして知られています。そこで本研究では、環境中にある物理現象を”そのまま”活用して所望の計算を実現し、コンピュータの消費電力を減らして、かつ普段使われていないIoTデータを活用するという理念のもとで、植物の映像をつかった風向風速推定法を提案し、その実現可能性を実験により示しました。

今回の取り組み

公立はこだて未来大学と東北大学の研究チームは、リザバーコンピューティングと呼ばれる機械学習の枠組みを用いて、環境中の物理現象を活用した「環境計算」という予測手法を提案し、その原理検証のための一連の実験を成功させました。「環境計算」は自然現象を計算資源とするため計算コストが低く高速な学習を可能とします。また、計算プロセスの大部分に物理現象を利用するため、消費電力を減らすことも可能です。今回、研究チームは、風を受ける植物とそれをカメラで撮影する実験システムを構成し、その植物の映像から検出した特徴点の動きに対して、リザバーコンピューティングの原理を適用しつつ、従来のような詳細な設計を必要としない方法論により風向きと強さを推定する実験を行いました。 実験の結果、植物の映像から抽出した情報の簡単な線形和(ベクトルの足し算)のみから、複数の異なる風向きとその強さを合わせて分類することが可能であることを示しました。特に、分類に使用する特徴点を限定することで、手法のロバスト性を検証した結果、適切な選択をすれば3点のみの特徴点の動きの足し算からも風向きと強さを分類可能であることが示されました。また、学習に用いていないパターンの風をあてた植物の映像に対しては、それ以外のパターンで学習したパラメータでも分類が可能であることを示しました。これは、植物の動きや構造にある種の汎化性があることを示唆しています。

図2. 植物の映像を利用した風向風速推定システム。植物(モンステラ)に対して左右から強度3段階の6パターンの風を当ててビデオで撮影した。撮影された映像を画像処理することで、葉の特徴点を抽出し、その動きを物理リザバーの出力として捉える。出力の線形和により、クラス分類を行った結果、映像データのみから風のパターンを今回のサンプルについてほぼ100%分類可能であることを示した。

今後の展開

「環境計算」の方法論では、IoTセンサーとしての既存の監視カメラの映像を用いることでインフラコストを最小限に抑えて低消費電力な計算を実現し、さらに対象をそのまま使い詳細な設計を必要としない計算システムの実現可能性を広げます。今後の研究では、既存インフラから取得可能な環境中の映像などの情報を利用した風速や日照量予測、それによる再生可能エネルギーの発電量予測などの技術開発にもつながることが期待されます。

関連リンク

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